濱口雄幸首相が、ロンドン海軍軍縮条約調印に伴う統帥権干犯問題により右翼に狙撃され、内閣が倒れると、同じく立憲民政党から第二次若槻禮次郎内閣が成立したが、有効な対策を講じることができないまま早々と倒れ、立憲政友会から犬養毅内閣が成立した。犬養内閣の高橋是清蔵相は、ただちに金輸出を再禁止し、日本は管理通貨制度へと移行した。高橋蔵相は民政党政権が行ってきたデフレーション政策を180°転換し、軍事費拡張と赤字国債発行によるインフレーション政策を行った(これをきっかけとした軍拡政策は、景況改善後も、資源配分転換と国際協調を企図した機動的軍縮の試みにもかかわらず、軍部の意向により継続される。以後も満州事変・日中戦争を通じて軍部の発言力が増していくことになる)。金輸出再禁止により、円相場は一気に下落し、円安に助けられて日本は輸出を急増させた。輸出の急増に伴い景気も急速に回復し、1933年には他の主要国に先駆けて恐慌前の経済水準を回復した。
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日本は円安を利用して輸出を急増させたが、米英などからは「ソーシャル・ダンピング」だと批判を受けた。米英仏など、多くの植民地を持つ国は、日本に対抗するため、自らの植民地圏でブロック経済を構築した(英:スターリング・ポンド・ブロック、米:ドル・ブロック、仏:フラン・ブロック)。ブロック経済化が進むと、一転して窮地に立たされた日本もこれらに対抗することを余儀なくされ、日満支円ブロック構築を目指して大陸進出を加速させることとなる。日本と同じ後発資本主義国であり、植民地に乏しいドイツ・イタリアも自国通貨の勢力拡大を目指して膨張政策へと転じた。こうした「持てる国」と「持たざる国」との二極化は第二次世界大戦勃発の遠因となった。